ビクター落語 六代目 三升家小勝(4) 操縦日記/妻の釣/未練の夫婦/熊の皮
びくたー・らくご・ろくだいめ・みますや・こかつ そうじゅうにっき/つまのつり/みれんのふうふ/くまのかわ
ろくだいめ・みますや・こかつ
クレジット
time:0.49 s・
開発用
Warning: file_get_contents(https://s.jtcf.jp/wp/vzcg695): Failed to open stream: HTTP request failed! HTTP/1.1 404 Not Found
in /home/users/2/jtcf/web/search.japo-net.or.jp/module.php on line 1180
※品番は「VZCG-1」「VZCG1」「CG1」などで検索できます。
◎開発用◎
びくたー・らくご・ろくだいめ・みますや・こかつ そうじゅうにっき/つまのつり/みれんのふうふ/くまのかわ
ろくだいめ・みますや・こかつ
time:0.49 s・
作品紹介
インテリ派の古典と新作の両刀遣い。知性的で現代感覚にあふれた語り口。
「操縦日記」「妻の釣」「未練の夫婦」は初商品化です。
監修・解説:保田武宏/リマスター:草柳俊一/モノラル録音
六代目 三升家小勝
1908年(明治41年)8月3日生。1971年(昭和46年)12月29日歿。
出囃子「井出の山吹」。東京都出身。
神田錦町の電機学校(現・東京電気大学)卒業後、東京市水道局(現・東京都水道局)に勤務し、金町浄水場の技師を務める。当時の落語家の中では珍しいインテリ出身であり、落語協会の幹部候補だった。
1931年3月、八代目桂文楽に入門。文楽の贔屓の一文字を取って桂文中と名乗り「常盤亭」で初高座。翌1932年、桂文七で二つ目に昇進し、1937年5月に二代目桂右女助を襲名し真打昇進。
1956年3月、六代目三升家小勝を襲名。従来の新作路線に加え古典にも積極的に取組み、その成果が現れ始めた1966年、脳溢血で倒れ、落語家として致命傷というべき言語障害に苦しむ。必死のリハビリの末に一時高座に復帰するも師匠文楽が12月12日に没してからわずか17日後に、後を追うようにして死去。